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ココロの森

ココロの森

隣の死と 遠い死と

私にとって「死」は 
幼い頃から常に身近なものだった。



私が3歳の時、私の名付け親だった母方の祖父が逝った。
初孫であった私を とても可愛がってくれた。
まだ歩くこともできない私を よく「たかいたかい」してくれて
あんまり高くあげすぎて、天井に思いきり頭をぶつけ
火がついたように泣いていたのが 私の今生の原記憶だ。
その祖父が あっけなく逝った。
母とふたりで焼かれた遺骨を拾いながら、
あんなに大きかった祖父がこんなに小さくなっちゃった、と思った。
身長が180センチ以上もあった 大きな祖父。
ひろい膝の上。 ひろい肩。 ひろい背中。
それが いま、お箸でつまめるほどに小さくなってしまっている。
死ぬって こういうことなんだ、と思った。



その後すぐに 母が入院した。
若い頃から病気がちだった母は、
私の2歳下の弟を産んですぐに持病が悪化、
それから3年以上の月日を病院ですごした。

私と弟は 母方の祖母に預けられたが
祖父とは違い、祖母は私を疎んじた。
弟はささいなことでいつも怒鳴られ、
私は弟を抱きすくめて祖母を睨みつけた。
それでますます祖母から疎まれるようになった。

私が小学校にあがる少し前、
母は医者の制止を降りきり、無理やり退院した。
このまま入院していても治る見込みのない病では
生涯娘のランドセル姿を一度も見る事が出来ないままかもしれない、と感じたらしい。

入学式の数日前、母は私を呼び、
真っ直ぐに目を見てこう言った。

「お母さんは お医者さんが駄目だと言うのに無理やり退院してきた。
 お医者さんは、今 退院したら命の保証はしないと言う。
 もしかしたら、お姉ちゃん(私)が小学校を卒業する時まで生きていないかもしれない」






私は そんなの嫌だ!と言いたかった。

でも 言えなかった

泣きそうだった。

でも 泣かなかった。

何故だか 泣けなかった。






「この先、何が起こるか分からない。
 お母さんが いつ いなくなるかわからない。
 だから なるべくたくさんの事を教えるから、
 ちゃんと聞いて覚えなさい。
 U(弟)はまだ言ってわかる年じゃない。
 あなたが覚えて 教えなさい」




私は 頷いた。


きちんと正確には理解していなかったかも知れないけれど
母が いつ、あの 小さな骨になってしまうかわからない、
ということだけは 理解できた。



以来ずっと 私の頭から
「死」が完全に離れたことはない。

死といつも隣り合わせで生きている母を
私はいつも隣で見ていた。
母の日にあわせて 千羽鶴を折った。
何度も、何度も、何度も。


母は自分で医学書を読み、
入院時の経験を生かし、
食事や生活を摂生し、
自分なりのやり方で 病と共存していた。

私は 出来るだけ母に気を使わないように気を使いながら
なるべく普通に接してきた。
いらぬ心配はさせないようにと
勉強だけは 自分なりに頑張った。


医者に持たないといわれた5年が過ぎ、10年が過ぎ、
今も母は 病と共存し続けている。
10年前に更に喘息を患い、
入退院を繰り返しつつも、
相変わらず 死と隣合いながら生きている。




そんな母と離れて暮らして3年になる。



私は 毎晩、祈るようになった。

祈るといっても、本格的なお祈りではない。
お経や聖書を読むわけではないし、
家に仏壇や神棚があるわけでもない。

ただ、手を合わせて 祈るだけだ。

最初は 遠く離れて暮らす家族と
自分たちの幸せだけのために祈った。

そのうち、徐々に 
その祈りの中に加えられていくひとたちが増えていった。

友達が加わり、先祖が加わり、
自分を守ってくれるものが加わり、
まわりのひとたちが加わっていった。

でも 自分のまわりにはどうしても苦手なひとがいる。

そのひとのためには どうしても祈れなくて
考えた挙げ句
「わたしのまわりのひと すべてに感謝します」
という言葉に落ち着いた。




その祈りに 最近、新しいひとを加えた。

そのひとは 私の身近なひとではない。
会ったことも、話したこともないし、
顔や名前すらも知らない。

その女性は 最近 亡くなった。
亡くなる少し前に その人が闘病中だと知り
私なりにお参りに行ってみたりしたのだけれど
結局 願いは届かなかった。
亡くなって 一週間後に ネットでそのことを知った。
女性の娘さんは 嘆き哀しみ 相当取り乱していたようだった。




・・・私に 何が出来るだろう。

亡くなった女性のために、嘆き哀しむ彼女のためにできること。



それは やっぱり 祈ること。

女性の冥福を ただ祈ること。

それだけだ。

それしか できない。




いつもの祈りの最後に 彼女の冥福を祈る。



わたしは うまく祈れているのだろうか。

わからない。

わからないけど 私は祈る。

彼女のために 彼女の娘さんのために。

ほかの誰でもない 彼女だけのために

彼女の哀しみが 少しでも癒えるように

遠くの死に 私は 祈る。





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